過去のこと、知りませんやん。

朝からフラフラでいつものルーティンの半分しかこなせず寝込むことに。

今日は羽曳野市教委の皆さんが見学に来てくださった。

大阪府教委の研修で事例発表をしていただき、同じパネリストとして登壇させてもらいました。

熱意ある若い職員の皆さんが、子どもたちのために先駆的に取り組んでおられて、いつか羽曳野モデルと言われるような物を一緒に作りたいと思いました。

大阪は、そもそも確保法ができる時も一悶着も二悶着もあったところらしく、学校や教育委員会との軋轢がまだ残っていると感じる部分も多々あります。

ただ、僕から言わせれば「そんなん知らんやん」です。

学校に行けずにしんどい思いをする親子の社会的不利益を無くすために、過去の喧嘩をまだ引きずっているなんて姿、恥ずかしくて子どもに見せられません。

同じように感じておられる教員の皆さんにもたくさん出逢ってきました。

「知りませんやん、ですよね?」

と、なります。

「昔、何々したでしょ?」

「前にこれこれって言いましたよね?」

そんなこと、本人じゃないのに言われても困りますよね。

お互い子どもたちのことを思って向いている方向は同じなのに、そんなことを言っていたらもったいない。

多様性だ対話だ民主的にどうだと言っているのに、やってること真反対やんと感じることも多いです。

フリースクールの方が正しいとか学校が一番だとかそういう話しじゃないしそんなこと思ったこともない。

どうでもいい、そんなことは。

今、目の前で「学校に行けない」というだけで命を落としかねない親子がいる。

その前で、「あの人たちは敵ですよ!危ない!」だの「こっちが絶対安全ですよ!」なんてことは、もはやただの火事場泥棒でしかない。

己の私怨をさも人のためのように振舞って晴らそうとするな。

自分の問題の解決の手段として経験を生かすと言っておいて、そのしんどさの沼に引きずり込もうとする人が多い。

動機としては悪いことではないかもしれないが、ここぞという時に自分の首を絞めることになる。

自戒の念を込めて、プロとして、肝に銘じておきたい。

自分たちは何をどのように変化させ社会課題を解決するのか。

その先にどのような未来がありそのためにどこを向きどんな手段を取るのか。

日々そのことを思い返しブレることなく最短距離を突き進みたい。


最後まで記事をご覧いただきありがとうございました。