「ありがたい」と言うお母さんと一緒に不登校を笑い飛ばせるようになるために

おはようございます。
いつもはケチってほんの少ししか歯磨き粉を付けないのに、先に新しい歯磨き粉を買ってしまうとものすごい量を付けてしまう三科です。早く無くなればいいのにとも思ってしまう自分がいます。


いつもの朝が少しずつ秋に近づいてきました。

コオロギと鈴虫であろう鳴き声が聞こえて涼しげに感じるし、愛犬エルの散歩で大量の汗をかくなんてことも少しずつなくなってきました。

「季節の変わり目はメンタルも不安定になる」ということを僕は信じませんが(信じたくない)、寝る前も寝ている時に目が覚めた時も朝を迎えてもずーっと考え事をしているのはしんどいものです。


今日から夏休みが明けました。

娘の送り迎えがまた始まるのかと憂鬱になりそうでしたが、これも後数年で終わるのかと思えば今しかできない経験でもあるなと大切にしようと思います。

娘も夏休みが終わるのが相当イヤそうです。

僕が子どもの頃はホントに自由な夏休みを過ごせたし小学校生活もあんまり縛りがありませんでしたが、このコロナ禍で育った子たちにとっては余計に学校というものはとにかく自由の利かない場所だと感じることが多いと思います。

そんな憂鬱な気持ちを少しでも軽くできないかなと毎年考えますが、「これめちゃめちゃ有効やったな!」と手ごたえがあったことはありません。

それでも今年も取り組みます。

理由を説明します。

フリースクールに相談に来られるお母さんによく言われる言葉があります。

「うちの子はまだ外に出れる状態じゃないけど、そうなった時に「ここ」みたいな場所があるということがわかっているだけでも心の支えになります。」

「子どもが「ここ」に通ってくれてとても元気になったけど、同じように私自身もどこかに所属していると感じることができて安心しているんです。」

「自分たちの辛さを知っていて、それを何とかしようと動いてくださっているだけでも私からすれば救いなんです。」

そういう言葉をお聞きする度に思うことがあります。

確かに自分たちがしていることが誰かの安心に繋がったり役に立てることは素直に嬉しいです。

でも同時に、「根本的な解決にはならないけどありがたい」と思わせている自分にもとても憤りを感じます。

なんやねんそれって。

お前、もしかして感謝されてることで満足してるんちゃうかって自分に思います。

いつまでもいつまでも「まずは知ることから」で終わってるんちゃうかって。

本当は何の力にもなれてないんとちゃうかって。

だとしたらどうしたらいいんやって頭の中がぐるぐるします。

寝ても覚めても同じことを考えます。

ホンマに解決策ってないんか。
ホンマに今してることがベストなんか。
もっと早く解決できひんのか。

考えても考えても答えはずっとわからないままです。

でも止まりません。

動かないより、声を上げないより、一歩ずつでも進んでいった方がいいに決まってる。

そう信じて進むしか今のところは自分にはできないけど、それでも解決に向けて進みます。

自分を納得させたいからかもしれません。
誰かの役に立ちたいなんて思ってないのかもしれません。

ただ、学校に行けないだけで不登校の親子がしんどい思いをすることだけは、僕の中では絶対にあり得ないことなんです。

発狂しそうなくらい最悪な現実です。

変えたいに決まってる。

何人見て来たか。

そんなことが原因でつらい思いをしてきた子どもを。

何も悪くないのに自分のせいにされたお母さんを。

そして、子どもを僕に任せてくれて天国に逝ったお母さんを。

いい加減終わりにしたい。

少しずつなんてキレイごとはなしにしてゴールまで飛び越えたい。

「不登校って言葉、昔あったなぁww」って笑いたい。

一日でも早くこの不登校絡みで社会的な不利益を被る親子をなくしたいです。


尊敬している先輩の言葉を最後に。

「やるなら決めろ。決めたら迷うな。」

最後まで記事をご覧いただきありがとうございました。