言いたいことを言えるようになりたいか、それとも言えない空気を作っている環境のせいにするか

こんばんは。
プライムミュージックのJROCKのコーナーに久保田利伸とか玉置浩二が入っているのに違和感を覚える三科です。ツタヤとかタワレコでそれやったらえらいことなるで。


今日は朝からランニング。

付けすぎた脂肪を落とす時期がやってまいりました。

朝陽を浴びながら走るのは気持ちいいだろうと思いきや、しんどさが上回り1日目でめげそう。

なんとか30分を走り終えフリースクールに久しぶりに出勤。

メインの仕事は今日と明日が締め切りの申請書の提出。

かなり追われているにも関わらず、そういう時に限り子どもがじゃれてくる。

「いいやん、久し振りなんやから―」と言われるとツラい。

やはり(頭を使う)事務仕事を現場に持ち込むべきではない。

お互いが損をするような気がして結局子どもを優先することに。

明日が山場、早く乗り切って子どもたちと全力で遊びたいなぁ。


昼からは別件で大阪市内へ。

踊る大捜査線でしか見たことのない会議室で初めてお逢いする方ばかりという中、刺激をいただいた。

世の中には本当に色んなことを必死でやっている人がたくさんいる。

自ら動きインプットとアウトプットを繰り返し、自分をアップデートすることも大切。

帰りは久し振りの満員電車。

背が比較的高いので、電車では頭一つ浮く状態。

すると、ドアが開いてもなかなか出口に進めずオロオロする子が。

このままではドアが先に閉まってしまうので「降りまーす!」と声を上げてみた。

すると、道を開けてくれその子も無事に下車することに成功。

一方、声を上げた僕はまだ降りる駅ではないので一人残ることに。

「あれ?こいつ降りるんじゃねーの?」という痛い視線を浴びることに。

しまった、違うんだ。自分がしたかったことは皆さんが思っていることとは違うんだと言いたかったけど、言えるはずもなく再び満員電車で頭を浮かせる状態。

背が小さければやかったのにと思ったのは、これまた電車で身動きが取れないほどの満員電車で毛の薄いおじさんの頭が顔の下にある状態が30分ほど続いた時以来。

元はといえば、降りることができなかった子が自分で声尾を出せていたらよかったんだろうけど、「ここ」の子たちを思い浮かべてみてもそれができるだろうなと思える子は一人もいなかった。

「社会はそんなことじゃついてけないぞ」とか「主張してなんぼだぞ」と言われることも確かにわかる。

わかるけど、じゃあ必ずしも全員がそんなことをできるようになるように育たないといけないかと言われると、うーーーんと思ってしまいます。

だからといって今流行りの「皆違って皆いい」とか「そのままでいいんだよ」なんて言葉も「嘘くせー!」と思っている自分がいます。

結局のところ、その子がどう思っているか。今日のことで言うと、声を上げれずにモジモジしていたように見えた子がどう感じたかが大切なような気がします。

「いつまでもモジモジしていたらダメだし変わりたい!」と思うのなら、今日のキッカケはよかったかもしれないし、「今度からは意地でもドアの傍にいて声を上げなくても降りれる工夫をしよう。」と思うのならそれでもいいんじゃないかと思います。

肝心の僕はというと、「言いたいことも言えないこんな世の中じゃポイズンだよ…」とお酒を呑みながら社会に八つ当たりするただのおっさんです。

最後まで記事をご覧いただきありがとうございました。